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 17:35、S大・校舎内
「俺は……アンタと一緒には居られない……」
 恐怖心のせいか声がまともに出ない中、何とか言葉を発する。
 その言葉を聞いたヤツは一瞬表情を凍り付かせたが、すぐ口元に笑みを作った。
『そう、貴方は自分に選択権があると思っているのね』
 そう言って溜め息を吐いた。
『残念だけど貴方の気持ちは関係無いの。貴方が望まなくても私は貴方を連れていくわ。
運命は決まっているの。諦めなさい。』
 まるで母親が我儘を言う子供を諭すような口調だった。
 その優しい口調が更に不気味で、俺は指一つ動かす事が出来なかった。
 身動き一つ取らない俺を見て観念したと認識したのか、ヤツは満足そうな笑みを称えて俺の首筋に手を伸ばす。
――パァンッ!!
 いきなり軽い銃声のような音が辺りに響いた。
 そして音がしたと同時に目の前に居たヤツが視界から外れた。
 慌てて我に返り辺りを見回すと、ヤツは左側の数メートル先に倒れていた。
 そして反対側に視線を移すと黒いコートに黒いスーツを着た男が銃のような物を構えたまま立っていた。
「無事なようだな」
 俺の存在に気付いた男はそう言って安堵の表情を浮かべると、ゆっくりと銃らしき物を持つ手を下げて近付いてきた。
 男はコートや少し長い前髪をなびかせて歩いてきたが、その動作があまりに優雅で少し場違いな感じがした。
「田中コウ君だよな? 立てるか?」
 そう言って男は、手を差し伸べて笑顔を見せた。
 男にしては綺麗な指や顔に少し心臓が高鳴る。
「あっ、はい」
 また我を忘れそうになったが何とか返事をし、立ち上がる。
 すると、ヤツが居る方角から足を引き摺るような音が聞こえた。
「まだヤる気か?」
 男は呆れたと言わんばかりの表情を浮かべ、銃口を再びヤツに向けた。
『何故私の邪魔をするの?』
 ヤツはゆっくりと立ち上がりながらきいてきた。
「彼の命を救う為だ」
『貴方にとって彼は他人でしょ?』
「他人を助けるのがそんなに変か?」
『………………』
 ヤツは俺達を睨み付ける。
 それに対して男は笑みを浮かべ余裕の表情だ。
「俺から言わせてもらえばアンタを死に追い詰めた人間のように
彼を死に追い詰めるアンタ自身の行動の方がよっぽど不思議だよ」
『私は違う! あいつらと私は……!』
 ヤツは激しく動揺している。
「同じだよ。自分の都合で彼の命を搾取しようとするアンタは……アンタをいじめていた奴等と何一つ変わらない」
 男は低い声でそう告げると、銃口をヤツに向けたまま距離を縮めていく。
 そしてその銃口がヤツの額にぶつかり、ヤツは床に膝をついた。
「もし違うと言うなら……人生をやり直せ。死して現世を漂うよりも
成仏して生まれ変わって……友達沢山作った方がよっぽど建設的だと思うが……」
『………………』
 ヤツは何も言わず、ただ男の顔をじっと見つめていた。
 男もヤツから視線をそらさなかった。
 俺は何も出来ずにただ二人を見ていた。
 その内ヤツの足元から砂のようなものが流れ出してきた。
 それがどこかに流れて消えた頃……ヤツの姿や存在感が跡形も無く消えていた。